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肥前磁器文化の「満開」告げる鮮やかな装飾~有田焼

2017年03月02日

「陶石」の発見で磁器の一大生産地に

 豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、佐賀藩の礎を築いた鍋島直茂は、多くの朝鮮陶工を連れて帰りました。その一人で当初、佐賀・多久で陶器を焼いていた李参平(金ヶ江三兵衛)は1616年、有田の泉山(いずみやま)で磁器の材料となる良質の陶石を発見します。これを機に、有田で日本初となる本格的な磁器づくりが始まりました。
 江戸時代に入って窯場が相次いで開かれ、燃料となる薪の濫伐によって山野が荒廃するようになると、佐賀藩は多くの陶工を廃業させ、窯場を有田の13カ所に限定しました。こうして有田の谷あいに「有田千軒」と呼ばれる町並みが形成され、この地で多くの磁器文化が芽吹き、開花していきます。

 初期の有田焼は、厚い素地に染付を施した「白地に青一色」の素朴なものでしたが、1640年代に初代・酒井田柿右衛門によって色絵(上絵付け)が始まりました。陶磁器用の絵の具で釉薬(※)の上に色をぬり、染付による単色から多彩色の世界が始まります。赤・緑・黄・青・紫などを使う『五彩手(ごさいで)』や、緑・黄・紫・青などで器面を塗って埋める『青手(あおで)』などの色絵が生まれ、1650年代になるとオランダの東インド会社によりヨーロッパに輸出されはじめます。有田焼は伊万里から積み出されたため、ヨーロッパでは『IMARI』と呼ばれ重宝されました。ヨーロッパの王侯貴族の中には熱狂的なコレクターが多かったと言われています。

※釉薬(ゆうやく)=灰や砕いた土石類などを水で溶き、器の表面に塗って焼成するとガラス化・コーティングされる薬品

「柿右衛門」「金襴手」…華やかな装飾で世界的人気に

 1670年代から1690年代にかけては、初代酒井田柿右衛門によって、赤・緑・黄の絵具で採色する上絵付けの技法が開発されました。余白を残して乳白色の素地を生かし、花鳥風月などを絵画的に描くスタイルは『柿右衛門様式』と言われ、輸出用の最高級品として扱われました。元禄期(1688~1704)には、濃い染付に赤や金の絵の具を使って、花文様などを描き込んだ『金襴手(きんらんで)様式』が登場します。経済的に豊かであった元禄時代の気風を反映したものと考えられており、現在でも大型の壺など多くの作品が世界各地の博物館や城を飾っています。

 17世紀後半、有田にあった鍋島藩窯(御用窯)が伊万里・大川内山に移され、幕府や大名家への献上・贈答品として、藩の厳格な管理のもとに焼かれました。これらは『鍋島様式』と呼ばれ、規則正しい形と意匠の色絵・染付・青磁などで、気品あふれる作風となっています。
 明治期には、ヨーロッパを中心に開催された万国博覧会で名声を得ます。1867年のパリの万博に、幕府の要請で佐賀藩は薩摩藩とともに参加して以降、ジャポニスムの流行はパリからヨーロッパ各地へと伝播しました。陶磁器品評会の協賛行事として1916年に公式に始まった「陶器市場」は、今や国内最大規模となった有田陶器市として発展し、現在に至っています。

現代に受け継がれる多様な様式

 有田焼は、透き通るような白磁の美しさと、繊細で華やかな絵付が特徴です。薄くて軽く、ガラスのような滑らかな硬質さが魅力で、耐久性が強く吸収性がないため食器として最適です。

◆有田焼の主な様式

【古伊万里様式】
 有田焼の生産が始まった1610~1650年代にかけて作られたものを指します。当時、有田焼は伊万里から船積みされたことから「伊万里」の名が付きます。厚みがある素地の上に、呉須と呼ばれる青色顔料で文様を描き、その上に透明の釉薬をかけて焼き上げる「染付」が施され、「白地に青一色」の素朴な印象を与えます。

【柿右衛門様式】
 濁手(にごしで)とよばれる透明感と暖かみのある乳白色の素地を余白として生かし、赤・緑・黄・青の鮮やかな色づかいとのコントラストが特徴です。図柄は、古伊万里の中国風のデザインに代わり、花鳥風月など和風の題材を取り入れており、典型的なものとして「岩梅に鳥」「もみじに鹿」「竹に虎」「粟に鶉」などがあります。海外での人気が高く最高級品として扱われ、多くの作品がヨーロッパに渡っています。ドイツのマイセン窯などで模倣品が作られるなど、西洋の陶磁器文化にも影響を与えました。

【金襴手(きんらんで)様式】
 赤や緑、青などの濃い染付に赤や金の絵具を贅沢に使って、花文様などを器面いっぱいに描き込んでいるのが特徴で、その様式は現在にも引き継がれています。16世紀半ばの中国の色絵磁器を取り入れたもので、経済的に豊かであった元禄時代の気風を反映したものと考えられています。豪華な作風は特にヨーロッパで好まれ、中でも大型の壺や皿などの人気を集めました。現在でも多くの作品が世界各地の博物館で見られます。

【鍋島様式】
 幕府や大名に献上するための最高級磁器として、鍋島藩が管理する御用窯で作られた磁器です。青みがかかった素地に植物や動物などが大胆に描かれており、図柄は独特で、他にないものばかりです。規則正しい形、デザインの色絵、染付、青磁などが特徴で、その種類には、染付と赤・青・緑の三色を基調とした「色鍋島」、藍色で精緻に描かれた「藍鍋島」、自然の青翠色の「鍋島青磁」があります。明治になり藩窯は廃止されましたが、その技術は今泉今右衛門家を中心に現在に伝えられています。

◆表現方法

・白磁 (はくじ)……白色の素地に透明の釉薬をかけて、高い火度で焼成した白い磁器
・色絵 (赤絵)……… 焼き上げた素地のうえに、赤を主体に黄、緑、紫、金、銀などの焼物用絵の具で上絵付けしたもの
・染付 (そめつけ)…呉須(藍色に発色する絵の具)で下絵付けを施し、その上に透明の釉薬を塗って焼いたもの
・陽刻 (ようこく)…表面に凹凸をつけて、模様を浮かび上がらせたもの
・青磁 (せいじ)……鉄分をわずかに含む釉薬を塗り焼成し、青緑色に発色させたもの
・瑠璃釉(るりゆう)…本焼用の透明の釉薬に呉須を混ぜ、素地に塗って焼成することで瑠璃色に発色させたもの
・銹釉 (さびゆう)…鉄分を含む釉薬を塗って焼成し、茶色に発色させたもの
・辰砂 (しんしゃ)…還元炎焼成(酸素が乏しい状態で焼くこと)することで赤く発色する銅の性質を利用して、透明の釉薬に銅を含ませた釉薬を還元焼成し、赤色に発色させたもの