SPOT:

〝秘窯の里〟に漂う古伊万里の香り~伊万里

2017年03月21日

最高級品「鍋島」を生んだ大川内山

 江戸時代、伊万里は有田や波佐見などで焼かれた磁器の積出港として栄え、消費地では肥前磁器を総称して「伊万里」と呼ばれていました。現在でも江戸期の肥前磁器は「古伊万里」と呼称されています。
 一方、国内で初めて磁器生産に乗り出した佐賀藩は、有田の優秀な陶工を集めて藩窯を設け、城内の調度品や将軍・朝廷に献上する磁器を焼かせていましたが、その藩窯を1675年に伊万里の大川内山(おおかわちやま)へ移しました。藩窯で生産される磁器には、良質な材料と高度な技法が用いられており、その技術や技法が外部に漏れないよう、三方を山に囲まれた大川内山の険しい地形を利用し、関所や代官を設けて出入りを監視しました。こうした厳重な管理のもとで作られた磁器は「鍋島」と呼ばれ、現在も高く評価されています。
 
 現在の大川内山には、「鍋島」の伝統を受け継いだ「伊万里焼」を焼く窯元が軒を連ねており、往時をしのばせてくれます。入口にあたる白壁の関所を通って陶工橋を渡ると、白磁の風鈴14個がセンサーが反応し「日本の音風景百選」にも選ばれた優雅な音で出迎えてくれます。焼物を棒で叩きその音で選別した藩窯時代の「めおとし」の技を、先端技術を使って再現したものです。さらに先に進むと、「鍋島藩窯公園」を中心に様々な焼物オブジェや江戸時代の窯跡、関所、陶工の家などが再現されています。

延命橋に据えられた「伊万里色絵碁盤乗唐子座像」(写真提供:佐賀観光連盟)

幸せを呼ぶ3つの橋

 焼き物は市内でも随所で見ることができます。市中心部を流れる伊万里川に架かる橋には、古伊万里風の人形やからくり時計が設置され、焼き物の街のシンボルとなっています。このうち「相生橋」は、川岸に2本の松が夫婦松のように並んでいることから夫婦や恋人と渡ると仲睦まじくなり、橋のそばにある延命地蔵にちなんで名づけられた「延命橋」は、健康を祈願しながら渡ると長生きすると言われています。この2つの橋とあわせて「幸橋(さいわいばし)」を渡れば、幸せになるとされています。

 この川沿いにある伊萬里神社の境内には、お菓子の神様・田道間守命(たじまもりのみこと)を祀った中嶋神社があります。田道間守命は、天皇の命を受けて不老長寿の妙薬とされた「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)=橘」を持ち帰り、この地に最初に植えたと言われています。橘はミカンの原生種といわれ、中嶋神社には今も橘の木が植えられています。
 日本では古来、木の実や草の実を「くだもの(菓子)」と呼んでいたことから、伊万里は菓子発祥の地と言われるようになり、境内には伊万里出身で森永製菓創業者・森永太一郎の像も建てられています。

菓祖・田道間守命を祀る中嶋神社(写真提供:佐賀観光連盟)

年2回の窯元市と、秋の「トンテン祭り」

<イベント>

◆窯元市
 大川内山では4月に「春の窯元市」、11月に「鍋島藩窯秋まつり」と年に2回窯元市が開かれ、焼物ファンで賑わいます。春の窯元市の開催期間中には、「国際アマチュア陶芸展」も行われ、全国のアマチュア陶芸家から多くの作品が寄せられています。また、2月から3月初旬にかけては、磁器でつくった雛人形やお雛様を描いた器など各窯元の作品が展示販売される「磁器ひいなまつり」も開かれます。

◆伊万里トンテン祭り
 伊萬里神社の御神幸祭で、「伊万里供日(くんち)」とも呼ばれます。10月下旬の3日間、「トン・テン・トン」と打ち鳴らされる太鼓の音を合図に、街は祭り一色に染まります。若者たちによって担ぎ出された荒神輿と団車(だんじり)が組み合う「けんか祭り」は、全国でも類を見ない壮烈さ。最後日に行われる「川落し合戦」では、荒神輿と団車が組み合ったまま伊万里川になだれ落ち、陸に早く引上げられた方が勝ちといわれています。

<食>
 多くの食通から絶賛される「伊万里牛の霜降り」。街中ではその伊万里牛を使ったステーキ、ハンバーグなど出す店が点在しています。伊万里湾からあがる新鮮な魚介類も豊富で、特に車えびは活きえびや味噌漬けとして贈答用に好評。また伊万里は、西日本一の生産量と品質を誇る梨の産地でもあり、7月の幸水から10月の新高にかけての出荷期には、道路沿いに多くの直売店が出店します。